【セキュリティ講座⑦】中小企業向けゼロトラストの現実解
はじめに
前回は「ゼロトラストセキュリティ」の基本概念を解説しました。
ゼロトラストは「何も信用せず、常に検証する」ことを前提にした新しいセキュリティモデルですが、多くの中小企業からは「コストが高そう」「運用が難しい」といった声が上がります。
今回は、中小企業がゼロトラストを現実的に導入・運用するためのステップを整理していきます。
中小企業にとってのセキュリティ課題
大企業に比べて中小企業が抱える特徴的な課題は次の通りです。
セキュリティ専任担当がいない
→ 情報システム部門が小規模、あるいは外注に依存しているケースが多い
限られた予算
→ 高額な製品や24時間体制のSOC運用は現実的でない
クラウド依存の拡大
→ Microsoft 365やGoogle Workspaceなどクラウドサービスを業務の中心にしている
取引先からのセキュリティ要求
→ サプライチェーンリスク対策の一環として、セキュリティ水準向上を求められる
つまり「守るべき情報は増えているのに、人もお金も足りない」というのが典型的な状況です。
中小企業に適したゼロトラストの第一歩
ゼロトラストを一気に導入する必要はありません。段階的に進めることが重要です。
ステップ1:多要素認証(MFA)の導入
パスワードだけの認証は最も弱点になりやすい部分
Microsoft 365やGoogle Workspaceなど、多くのクラウドサービスに標準機能として搭載済み
無料または低コストで導入でき、効果が非常に高い
ステップ2:ID・アクセス管理の強化
誰が、どのサービスに、いつアクセスできるかを一元管理
退職者やアルバイトのアカウントが放置されるリスクを防止
クラウドID(Azure ADやGoogle ID)の活用が現実的
ステップ3:端末セキュリティの整備
社員が利用するPCやスマートフォンの安全性を担保
Microsoft Defender、MDM(モバイルデバイス管理)などの活用
端末が安全でなければアクセスを許可しない「コンディショナルアクセス」の導入
ステップ4:クラウドサービスの利用可視化
シャドーIT(勝手に利用されるクラウドサービス)を放置しない
CASB(クラウドアクセスセキュリティブローカー)やログ管理で把握
コストを抑える工夫
ゼロトラスト導入は「高額なセキュリティ製品を買うこと」と思われがちですが、実際には以下の工夫で低コストに進められます。
既存のクラウドサービスの機能を最大限活用
→ Microsoft 365 Business PremiumにはMFA、Intune(MDM)、Defenderが標準搭載
クラウド型セキュリティサービスを利用
→ オンプレミス機器の購入や保守費用を削減できる
MDR(セキュリティ運用委託サービス)の活用
→ 24時間体制を自社で持たずに専門家に任せる
よくある落とし穴
中小企業がゼロトラスト導入を進める際には、次のような誤解や失敗が起こりがちです。
一度にすべて導入しようとする
→ コストや運用負担が一気に増大し、挫折するケースが多い
社員の利便性を軽視する
→ 毎回複雑な認証を求めすぎると「使いづらい」と反発を受ける
導入後の運用体制を考えない
→ アラートが放置されて実質的に機能しなくなる
「小さく始めて、徐々に広げる」「社員の利便性と両立する」ことが成功の鍵です。
現実解としてのアプローチ
中小企業にとってのゼロトラストは「フル機能をすぐに実現する」ことではありません。
自社のリスクに応じて、優先順位を決めて一歩ずつ進めることが現実的な解です。
例:
1-MFAで不正ログインを防ぐ
2-ID管理で退職者アカウントを放置しない
3-エンドポイントを守る
4-必要に応じてログ収集や外部MDRに委託
このように「できるところから」「クラウドを活用して」進めることで、中小企業でもゼロトラストを現実的に取り入れることが可能です。
まとめ
ゼロトラストは大企業だけのものではなく、中小企業にも必要な考え方です。
重要なのは「小さく始めること」と「既存のクラウドサービスを活かすこと」。
セキュリティ投資に限界がある中小企業だからこそ、段階的な導入と外部サービスの活用で、コストを抑えながら堅牢な体制を作ることができます。
次回(第8回)は、「インシデント発生時に中小企業が取るべき初動対応」について解説していきます。




